1.迅速な進化・生態ー進化フィードバック
生態学者がこれまで想定してきた以上に,野外で進化が迅速に生じています。そしてそれは,とても普遍的な現象でもあることが少しずつ分かってきました。迅速というのは,生態現象すなわち個体の生死や繁殖によって生じる個体数変動と同程度の時間スケールという意味です。
さらに,この迅速な進化によって生物集団の性質(形質)が変化する場合ばあります。集団の性質が変化することは,たとえ同じ種に属していようとも,周りの多様な生物との繋がり方(生物間相互作用)に大きな影響を与えます。その一方で,生物間相互作用のあり方は,進化の方向や速度にも影響を与えます。
したがって,進化(種内の遺伝子頻度の変化)が,生態(個体群動態や群集動態)と同じ時間スケールで生じているということは,必然的に,ダイナミックに変動する生物間相互作用を通してこの両者が相互にフィードバックすることが予測されます。これを生態-進化フィードバックといいます。
しかし,複雑な生態系において,生態-進化フィードバックの実態を明らかにすることはとても困難で,まだ多くのことが謎につつまれています。言い換えれば,野外生態系の真の姿は,いまだ解明されていないということです。私たちは今,フィールドサイエンスとゲノミクスによって,北海道の身近な自然の中でまさに目の前で生じている生態-進化フィードバックの実相を新たに浮かび上がらせようとしています。
2.遺伝的多様性と生態的波及効果
迅速な進化が生じるためには,集団に遺伝的変異がなくてはなりません。つまり,遺伝的多様性の維持です。自然淘汰を受けながら遺伝的多様性が維持されるメカニズムは,負の頻度依存淘汰などいくつか知られています。生態ー進化フィードバックが持続的に生じ,それが生態系の構造の維持に貢献しているならば,こうしたメカニズムをともなうようなサイクルがあると考えられます。これらのメカニズムを明らかにするには,飼育実験や野外実験など操作実験をすることが重要です。
また,遺伝的な変異あるいは多様性が,どのような生態的波及効果を持っているのか。これも大切な問いになります。フィールドで新たな面白い現象を見つけること,あるいは想像したり予測したりすること,そして実験をして検証すること,このようなスタイルの研究も行っています。
これまでに,ハンノキのゲノム解析を柱に,森の中のハンノキの遺伝的多様性が樹上の昆虫たちに驚くべきほど大きな影響を与えていることや,ハンノキの共生微生物のメタゲノム解析・遺伝的多様性・波及効果,セイタカアワダチソウの遺伝的多様性の波及効果や地下コミュニケーションへの遺伝的変異の影響など,さまざまな着眼点で研究を進めています。ちょっと見ただけでは見過ごされてしまう,しかし実は驚くほどに個性的な生物とその多様な関わり合いがそこにはあります。
3.人間社会ー生態ー進化の連関
1や2の進化群集生態学に関する研究プロジェクトは,主として自然を相手に取り組む基礎科学的な研究です。私たちはさらに,これらの研究プロジェクトを人間社会との関わりに対して拡張する研究に取り組み始めています。
その一つは,都市における生物の進化をテーマとしたものです。現在,都市という人が作り出した生態系は,生物の進化に大きな影響を与えてきたことが世界中で明らかにされつつあります。これは現象としても大変興味深いですが,「まち」のデザインや「まち」における生態系サービスと密接に連関している問題だと考えられます。
もう一つは,生態系復元という問題です。生態系復元は,生態ー進化フィードバックのホットスポットであると私たちは予測しています。しかし,その実態はほとんど分かっていません。生態系復元と生態ー進化フィードバックの関係について明らかにすべく,北海道大学の広大な研究林において,かつてないスケールでの野外操作実験を始めています。
参考資料
- オープンアクセス和文総説 進化を考慮した保全生態学の確立と生態系管理に向けて
門脇・山道・深野・石塚・三村・西廣・横溝・内海 保全生態学研究 - サイエンスポータルのウェブ記事(樹の遺伝的な多様性が樹上の生態系の多様性をつくっている)
- 国立環境研究所・環境展望台のウェブ記事(北海道大学、地域固有の生物相が生物の性質の進化と多様化を促進することを解明)
- 書籍 動物-植物相互作用調査法
内海俊介・中村誠宏 共立出版 - 書籍 遺伝子・多様性・循環の科学 生態学の領域融合へ
内海俊介(第一章 群集から進化へ、進化から群集へ:階層間相互作用の意義) 門脇浩明・立木佑弥編 京都大学出版